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Tuesday, December 15, 2020

果たせなかった“渋野の証明” 価値あるV争いも涙こらえ…昨年全英「優勝したのは偶然だった」 - スポニチアネックス Sponichi Annex

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米女子ゴルフツアー全米女子オープン最終日 ( 2020年12月14日    テキサス州 チャンピオンズGCサイプレスクリークC=6731ヤード、パー71 )

キャディーと握手する渋野(AP)
Photo By AP

 前日から順延された最終ラウンドが行われ、単独首位から出た渋野日向子(22=サントリー)は2バーディー、5ボギーの74とスコアを落とし、通算1アンダーの4位。昨年8月のAIG全英女子オープンに次ぐ、日本人史上初のメジャー2冠はならなかった。日米5勝を挙げた昨年から一転、未勝利と苦しんだ一年。それでも戦うことから逃げなかった22歳が、メジャーで堂々と優勝争いを繰り広げた。今年最終戦は、21年へとつながる5日間となった。

 苦しみ、怒り、笑い、そして涙。この一年間が凝縮された、そんなラスト18ホールだった。5日間の戦いを終えた渋野の脳裏には、メジャー覇者として戦った2020年がよみがえる。昨年のようなシンデレラストーリーとは違う。「めっちゃ悔しいけど、これが今の実力。今年一年を考えると、よく頑張ったのかな…」。唇は震え、目は潤んでいた。

 米ツアー挑戦に東京五輪。節目の一年への準備は、新型コロナウイルスによってリセットとなる。6月の国内開幕戦で予選落ちすると、前年覇者として臨んだ全英は105位。新女王が誕生した舞台横の練習場で2日間、黙々と球を打った。前哨戦を含め、英国で2戦連続予選落ち。人生を変えた地での2週間を「地獄」と表現した。

 夏場から左手首にテーピングが巻かれた。「お守りみたいなもの」と影響を否定し続けたが、痛みはあった。ただ、周囲が制止しても練習はやめなかった。米国での4試合を終え、日本に帰っても試練は続く。帰国初戦の10月の樋口久子・三菱電機レディース。日本で結果を残さなければという重圧から、初日の1番、第1打で1Wを持つ手が震えた。ここでも予選落ちする。

 左手首が回復すると、今度は右足裏を痛みが襲った。夜中に痛みで何度も目が覚めた。自分自身へのふがいなさや焦り。お菓子が大好きで、食べることが大好きな22歳が「ご飯が喉を通らない」と体重が4キロも減った。

 心も、体も疲弊。会場で浮かべる笑顔は、無理につくった表情のように映った。22歳の誕生日だった11月15日、岡山の実家に帰った。父・悟さんらと食卓を囲み、好物のブリの照り焼きを食べ、話をした。過去に戻るのではなく、新しい自分をつくっていく。家族との会話で、やっと今の自分を受け入れられた。「これまでの自分を捨てた」。この心境の変化が、復調へつながる。

 11月下旬から国内で5位、3位と上り調子で迎えた今大会。最終日、首位から転落しても食らいつく。最終18番で12メートルのバーディーパットを決めた時の心からの笑顔は、最後まで戦い抜いた証だ。

 大会を終え、全英を思い起こした。「何が違ったのか分からないけど、全然違う。多分、優勝したのは偶然だったんだなって。結局、勝たないと何も証明できない」。確かに優勝はならなかった。だが、メジャーの中のメジャーと呼ばれる世界最高の舞台で、価値ある4位でもある。

 ソフトボールの試合で負けるたびに泣いた少女は、悔しさを糧に成長した。この涙も、きっとそのためだ。

 《17番3パット力尽く》気温6度にまで低下するなど極寒との闘い。1打差の単独首位で残り18ホールを迎えた渋野は序盤からショットが乱れ、なかなかチャンスにつけられない展開を強いられた。

 2番パー4で左ラフからの2打目を手前の木に当てるミスでボギーが先行する。5番パー5では第3打がグリーンをオーバーし、奥のラフへ。思わず右足を地面に踏みつけるように怒りをあらわにする場面もあった。それでも4打目をピンまで2メートルに寄せると、難しいスライスラインを決めてパーをセーブ。これで流れを引き寄せるかに見えたが、7番パー4でこの日2つ目のボギーとし、この時点で同組のオルソン(米国)に並ばれた。

 折り返しても10、11番の連続ボギーで首位から陥落するなど苦しい流れが続いた。13番パー5で約2メートルを沈め、第3ラウンドの5番以来のバーディー。果敢にピンを狙った16番パー3は5メートルのバーディーチャンスが右に抜け、17番パー4ではグリーン手前からのバーディーパットが1メートルショートし、悔しがった。結局3パットのボギーで力尽きた。

 最終18番。グリーン奥から12メートルをねじ込んでバーディー締めとしたが、優勝した金阿林には2打及ばす、4位でフィニッシュ。決勝2日はともに74で日本人初となるメジャー2冠を逃した。

 ▽全米女子オープン 1946年に第1回大会が開催された現存する女子最古のメジャーで、今年で第75回を迎えた。日本勢の最高成績は87年にプレーオフで敗れた岡本綾子の2位。今年はテキサス州ヒューストンのチャンピオンズGCが舞台。同コースでは69年に男子の全米オープンが開催されたが、全米女子オープンは初開催だった。コロナ禍で開催時期が6月から12月に移行し、日没時間の関係で予選は2コースを使用。賞金総額、優勝賞金はそれぞれ550万ドル(約5億7200万円)と100万ドル(約1億400万円)で女子ツアー最高額。

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